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ディープ・ソウル・シンガーLEOのライブ・レポート
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4月4日(水) 《tribe》 公園通りクラシックス


 足掛け3年になるtribeだが、ライブはこれまでまだ7回。ライブは少ないが、意識としてはかなり集中して取り組んではいるのだ。そして、今回、私にとっては、ちょっと転換期を迎えたかなと思っている。
 同じ黒人音楽とはいえ、Nina Simoneの音楽はクラシックやジャズを基盤にしたもの。私がこれまで歌ってきたSoulやR&Bとはまったく違うことから、発声も英語の訛りも矯正して臨んだ2004年5月の初ライブ。『 学生時代ならともかく、今更、“完コピ (=完全コピー:音楽をアレンジせずに何から何まで完全に真似すること)”っていうのも… 』、と思わないでもなかったのだが、ハナから自分なりに勝手に歌いやすいように歌ってしまうのでは新しいことは身につかない。ということで性根をくくって一から始めることにして、初めて試みる発声方法やリズムの違いに悪戦苦闘した。自分で言うのも何だが、私はかなりストイックな完璧主義である。ついでに本格的に座って歌う練習を始めたのもこの時からで、これについてもかなり苦労した。おかげで、初のtribeお披露目ライブでは、これまで私の歌を聴いていて下さっていた方々からも、私の変貌ぶりに反響をいただいた。
 vol.2~3ライブは、そのまま“完コピ”の方向で細かい点を詰め、曲を増やし、演奏場所を探しつつ。遅々としてではあるが堅実な歩みで、特にvol.3で出会った渋谷のお店は、ピアノの鳴りもお店の鳴りもまさにtribeにぴったり、と吉森さんと2人でtribeの未来を思い狂喜した。しかし、残念ながら、次に予定していたライブを目前にそのお店も閉店ということで、再び会場探しの長い旅に。その間は折をみてリハのみを続けるという感じだったが、そのおかげかvol.4ライブあたりから、演奏が安定してきた。
 それとともに、SoulやR&Bとは、スタイルだけではなく、自分の中でエネルギーを向ける方向が違うことも学んでいった。そしてvol.7となる前回には、再び、是非この場所でtribeをと思えるお店にも出会えた。

 そして、再びその会場でのtribeの今回。
 3年のうちに、Nina Simoneの音楽に徐々に馴染み、今まで聴いていただけでは気づかなかった境地も垣間見、その楽しみ方も予想していなかったほど深まり、soulの歌を歌っているときにも彼女が乗り移ることもあるほど彼女の歌が染み込んできた今、いよいよ私は例の“反抗期”を迎えて葛藤している。
 すでにこれまでもsoulやR&Bの歌についても経験済みの反応なのだが、強く憧れモデルとしている音楽と自分の音楽との乖離の葛藤を、私は、音楽的な“反抗期”と呼んでいる。私のR&Bアイドル、Barbara Lynnなどがそのいい例であるが、学生時代に徹底的な“完コピ”からスタートし、私の歌が限りなく彼女の歌そっくりに仕上がっていくのにつれて、依然として彼女に憧れているにも関わらず、いや、むしろ愛着が強すぎて無意識のうちに彼女の歌に撞着して離れられなくなっているからこそかもしれないが、声のトーンやフレーズなどの微細な一つ一つについて、自分が表現したいこととは違うというような怒りにも似た感情に押しつぶされそうになって、ついには、彼女の歌を歌うのを数年間封印してしまったことがあるのだ。これは、一般的に、幼少期や思春期によくある“親に対する反抗期”と全く同じ反応である。いわゆる、親離れ、自我の目覚め、というやつか。ちなみに、Barbara Lynnの時には反抗期に到達するまでに10年くらいかかったが、今回は3年。多少、進歩してるっていうことでしょうか(笑)。
 前2回のライブでは、それでも、Nina Simoneのもつ技法を徹底的に手に入れるためにと、彼女と私の音楽のズレを、敢えてNinaの音楽の方向に矯正するという方向で臨んできたが、今回リハをしていて、いよいよそれも限界、というところまで自分が煮詰まっていることに気づいた。機嫌が悪いわけではないが、やたらにイラだっていたので、3時間リハの開始早々、小一時間を吉森さんとの会話にあててしまった。会話、というより、私が興奮してしゃべりまくって吉森さんの考え方を聞く、という感じだったが。
 で、色々と話したり吉森さんの考えを聞いたりしているうちに、何かがふっきれたような気がするのだ。会話後の歌は、実に自分とうまく調和して我ながら心地良いものになったので驚いた。うまく言えないが、ちょっと自分が新しく生まれ変わったような感じである。とはいえ、tribeに関しては、これまでも、前回うまく行ったことが今回はダメ、というような不安定要素がまだあるので油断は禁物だが、まだもう1回リハもある。本当は、もうしばらく操り人形のように無私な状態でNinaの音楽に徹底的に取り組む余地があるのではないか、という迷いというか未練のようなものもほんのちょっぴりあるのではあるが、それも元気に乗り切って、何とか心安らかに調和した状態で今回のライブに向かいたいと思っている。

  前回に続き、今回の会場、渋谷クラシックスは、生音の響きが抜群にすばらしく、前回も歌・ピアノともマイクを全く立てずに完全な生音でお届けしようかと思ったぐらいだ。私としては『これからtribeは必ずここで』、と密かに心に期したものの、何分にもお越しいただいたお客様が少なくて、初めてお願いしたお店にも申し訳がたたず、すぐに次のブッキングというのはためらわれて、ほとぼりのさめるこの時期になってしまった(苦笑)。それもこれも気持ちを切り換えての、今回の仕切り直しである。
 ということで、tribeはこのお店での定着と進化を目指しています。皆様のお越しをお待ちしております!(2007.3.29)





 夕刻より突然の雷鳴とともに、半年ぶりのtribeは、今回も雨。
 とはいえ、tribeの時は、お天気が良くて気持ちが弾みすぎてしまうよりも、雨の方が気持ちが落ち着いて、これも悪くないかな、と。
 お越し頂いた皆様、ありがとうございました!
 個人的なことではありますが、今回は私にとって、tribeに取り組み始めて最初の大きな転換期であり、そういう時に立ち会っていただける方がいて下さることはとても幸せなことだと感じました。tribeとしての音の世界の足場がようやく形になり、存在感をもち始めたと確信しています。 幸せです。

 さて、“反抗期”をどうやら無事に乗り越えたらしい今回、音楽的に飛躍的に変化したかどうかはわからないけれど、ひとつ新しい自分に生まれ変わったような気がしている。今になって考えてみると、この“反抗期”というものは、「憧れている音楽」と「自分の音楽」の間の葛藤であるとともに、「古い自分」と「新しく変わろうとしている自分」との葛藤なのかもしれない。

 Beforeを書いた後もう1回行ったリハでは、特に息苦しく思う曲を“今までの自分らしく”歌ってみよう、という方法も試してみたけれど、これは自分としては良いようには思えなかった。やっぱり、これまでの自分だけでは、これまでの自分ができてることしかできないのである(当たり前か)。何だか音楽が一挙に後退してしまったような気分だった。ただ、この時の開放感だけはとても気持ちの良いものだったので、今度は自分の歌をどのようにあるべきかと客観的に評定(?)しながら歌うのをやめて、なるべく心を解放して淡々と音楽に向かってみることにした。
 私がNina Simoneを聴くときは、ほとんどの場合、身体の動きが止まり正座状態。その分、どんどん自分の内奥の世界が果てしなく広がっていくような気持ちになる。似たような感じで、あるジャズのコンサートを見に行ったときに、身体という殻が消えたような気持ちを味わったこともある。こういう時、私はたいてい自分の中に風景を見ていることが多い。うまく言えないが、海とか川とか風とか霧とか砂漠とか。そういった自然の風景、のようなもの、そして時間と仕切りのない世界。そこで自分の中に浮かぶそのイメージだけに集中して歌ってみることにした。これが今回の鍵であり、私にとっての新境地であった。

 soulを歌っている時、私にとって音楽とは会話のようなものであり、共演者、観客を含め、その時その場にいる全ての人と、個人的・直接的に関わること、というような感覚をもっている。その時、私の頭の中にあるのは“愛”のことばかりであり、その愛とは完全に私個人の私的な感情を土台にしたものである。そこでは一般論で愛を描写したくないし、私という個の特性を外すことはできない。こういった音楽を通じて私がやってきたことは、自分の中にある愛というものを掘り下げていく作業だった。
 一方で、今回tribeで感じたものは、もっとユニバーサルなもの、というか私個人の枠を超えた何かだった。演奏者である私たちの存在すら忘れてもらえるほど“歌とピアノで作る音楽だけ”で満たされている空間を作れたら、と、歌いながら、強く願っていた。実に初めての感覚である。まだ漠然としているけれど、この私という境界を超えた感覚、という部分は、もしかしたら、私にとっていわゆるジャズのスタンダードといわれる曲を歌うときの手がかりになるかもしれない。同じラヴ・ソングでも、soulのように“私”として歌うのではなくて。私小説とそうでない小説の違い、のような感じである。
 また、なぜか、ユビキタス、という言葉も突然浮かんだりした。耳元にそっとあるような、それでいて空間全体を満たすような、それでいてもしかしたらどこか遠く地平の彼方から風に乗って届けられたような、方向性とか場所とか距離の概念から開放された声、というイメージか。あれもこれも、と欲張りな私であるが、tribeでは、まず第一に、音楽的に“声のあり方”を色々な方向から幅広く考える場にしたいと思っている。

 こんな風に、今回のライブは、次から次へと色んなことを感じたり考えたりして、個人的に非常に心揺さぶられる魅力的な経験だった。まだまだあるのだが、頭の中は印象の断片でいっぱいでまだかなり収拾ついていないし、実際に音楽を聴いて頂く方にはそんな私の内側のことなんてあんまり関係ないというのは重々承知なのでこのくらいにしておく。
 音楽的には、課題や挑戦してみたいことはまだまだたくさんある。取り組み始めた当初は、キーがまったく同じという共通する声域と、強くてタフな声という類似点を手ががりに、静寂の中の強さの表現に取り組んで来たが、前回あたりから、彼女の歌のもつやわらかな優しさも重点的な課題としている。あの“どこまでへも連れて行ってくれる感じ”の表現を何とかして手に入れたいと思っているが、今回はちょっと持ち込めたかな。また、今回はこの会場で2度目ということもあって、前回よりも格段に楽に「声を飛ばす距離感」の把握ができたのも収穫。やはり、会場の音環境に馴染むということは大きな要素だと再確認。できればしばらくは毎回同じ場所で続けたい。
 今回の新曲はFine & MellowとHe's Got A Whole Worldの2曲だったが、初めて歌う曲への馴染み方もかなり加速しているような気がする。職人気質で細かい手順を省けない性格の私は、初期には、1曲ずつ仕上げていくのに非常な時間と手間がかかったけれど、その点で、これからは少しペース・アップできそうだ。

 あとは、今回つかんだらしき何かがますます深まり確かなものになるよう続けていくのみ。焦らずじっくりと腰を据えて 、とはいえ、これからしばらくは加速の期間にしたいと思っている。
 ジャズのピアノ・デュオはそれこそ星の数ほどあるけど、 残念ながらジャズ・ボーカル・テクニックとは無縁の私(爆)。 私は私で、この方向から、tribeでは他所では聴けないピアノ・デュオを目指します。


I - 1. Sunday In Savannah,  2. Where Can I Go Without You,  3. That's Him Over There,  4. I'll Look Around,  5. Backlash Blues,  6. Nobody's Fault But Mine,  7. Exactly Like You,  8. Children Go Where I Send You,  9. Isn't It A Pity,  10. I Shall Be Released
II - 1. I Want A Little Sugar In My Bowl,  2. Marriage Is For Old Folks,  3. Fine & Mellow,  4. Seems Never Tired Loving You,  5. I Loves You Porgy,  6. Little Girl Blue,  7. My Baby Just Cares For Me,  8. Little Liza Jane,  9. My Sweet Lord,  10. Everyone's Gone To The Moon
//E. He's Got A Whole World

personnel:
LEO(vo), 吉森信pf
2007/04/08(日) 07:37:49 | tribe | Trackback(-) Comment(-) TOP▲ |

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